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2004年3月22日

「父」の死

荒井注脱退後のドリフターズに小学生として接した人間にとっては、志村けんこそがテレビ画面上における「私」の代弁者であり、加藤茶は「兄」であり、高木ブーは「親戚のおっちゃん」であり、仲本工事は「近所の兄ちゃん」であり、そしていかりや長介は「父」に他ならなかった。政治・経済機構と連結された社会を持たない子供にとって、ドリフターズとは世界そのものだった。そんな世界を支える「父」の死にしばし感慨に耽った昨日今日でした。この手の感慨は、例えば丸山真男などが亡くなった時に一部の人間が抱いたのと同種のものだろうか(ジョーク)。

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